2006-03

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香りと食品、義務教育は幼稚園から ニュースぴっくあっぷ

カネボウフーズなど、ガムの香りが皮膚から放出することを実証

 カネボウフーズ(東京都港区、吉岡秀洋社長、03・5446・3291)は25日、香気成分をガムなどとして摂取すると、同成分がヒトの皮膚から放出されることをピコデバイス(名古屋市昭和区、阿部孔一社長、052・735・7327)との共同研究で確認したと発表した。食品摂取を通じて、体臭に影響を与えられることも実証した。研究成果は、9月14―16日に名古屋大学で開かれる日本食品学会で発表する。

 食品と体臭は古くから経験的に関連性があると言われていたものの、科学的に立証したのは初めてとしている。両社は今回、皮膚から放出される微量な香気成分を固相抽出した後、ガスクロマトグラフ質量分析計で高感度に測定した。その結果、バラの香気を持つゲラニオールやバニラの実から抽出されるバニリンなどが食物摂取で皮膚から放出されやすいことを見出した。(日刊工業新聞) - 8月26日8時35分更新



 つまり、ハーブティーとか飲めば、「歩くハーブティー」な感じ?。

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幼稚園から義務教育、延長幅1~2年…政府・与党方針

 政府・与党は、小中学校の9年間と定められている義務教育に幼稚園などの幼児教育を加え、期間を10~11年間程度に延長する方針を固めた。
 幼稚園―小学校の区分による環境の変化が学力のばらつきを招いているため、幼稚園を義務教育に含め、一貫した学習体系を構築するのが狙いだ。

 幼児教育を無償にすることで、少子化対策を強化する面もある。1月に召集される通常国会に提出する予定の教育基本法改正案で義務教育の9年間規定を削除し、2009年度以降の義務教育延長の実現を目指す。

 義務教育をめぐっては、近年、小学校低学年で、集団生活になじめない児童が騒いで授業が混乱する「小1問題」が起きている。幼稚園―小学校―中学校と進学するにつれ、指導の内容、難易度などが大きく変わり、成績格差が拡大する問題も指摘されている。
 このため、政府・与党は幼稚園などの幼児教育を含めた義務教育制度の見直し論議に入っている。

 自民党は、05年9月の衆院選の政権公約(マニフェスト)に、「幼児教育の無償化」を盛り込んだ。1月にも、政調会の下に「幼児教育小委員会」を設置し、無償化の具体策として、義務教育延長を議論する。そのうえで、延長に向けた第1段階として、教育基本法4条で定められている義務教育の9年間という期間を削除する考えだ。
 与党教育基本法検討会の議論の中で、公明党もこうした考え方を大筋で了承している。
 自民党文教制度調査会幹部は、昨今の児童・生徒の学力低下を背景に、「諸外国も義務教育期間を延ばす方向だ。日本も真剣に検討すべき時期にある」と主張している。諸外国では、例えば、英国は5歳から11年間を義務教育とし、2000年から5歳未満を対象に無償の保育学校を拡充。フランスも1989年から公立幼稚園を無償にしている。

 政府・与党は、今後、幼児教育をどういう形で義務教育に取り込むのか、調整を図ることにしている。
 中央教育審議会(文部科学相の諮問機関、鳥居泰彦会長)では、05年1月にまとめた幼児教育に関する答申で、「幼小一貫教育の検討」を掲げた。政府・与党内には、このほか、〈1〉幼稚園の1~2年保育を義務教育とする〈2〉義務教育の枠内で、「幼小一貫校」を創設し、普通の幼稚園か一貫校かを選べるようにする――などの案が浮上している。
(読売新聞) - 1月1日3時3分更新



 学業的なこともありますが、家族が小規模になり、地域集団が解体していることから、「集団」で生きることを学ぶために義務教育を早めにするのはいいと思います。
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ちょ、雨、ひどっ。

 ちょっ、何これ?。何、この雨?。
 え、また呪い?
 兄の口と書いて呪い?。響きやらしいな、アニの口。


 もしかして、僕にしか見えて無いとか、僕にだけ降りかかってくるとかいう、特殊な罰ゲーム?。
 昨日、テレビ見てる時に「堀北真希とガキさん(新垣)の顔って実は似てる」って思った天罰?。

 僕の背中に雨男でもついてるの?
 つーか、ネズミ男って、ネズミに似ている男だよね?。
 雨男って、雨に似てるの?
 あれ?、雨合羽は、雨を降らすカッパなわけじゃなくて雨降った時に着るカッパでしょ?。雨男は雨降った時に上に羽織る男?(どうやって羽織るんだ?。せめて雨女がいいなあ)。

 雨男って雨降らすから雨男なわけで・・・・そう考えると電車男って怖いね・・・。

 などと意味不明の思考を繰り広げながら、乗り換え駅に着いたのでこれまで。

成果と態度と

 冬季五輪も終わりました。
 今回、報道とかで五輪で日本が不調だった時に「選手村の宿舎の部屋が散らかってる」だとか、そういうことを、成果が出なかったことと結びつける声が一部で聞こえたりした。
 それは、どうなんだ?。
 生活が、部屋がきちっとしていれば、実績もちゃんと出るはずだみたいなことを言いたいみたいだけど、そんなことないだろうが。
 もちろん、生活態度と練習態度が密接に繋がる人だって世の中にはいるだろう。性格がきっちりしていて、完璧主義で、それが練習にも現われるという人。
 でも、逆に生活態度と練習とが全く分離することだって同様にあるのだ。今回、その部屋の使い方が悪かった選手達が金メダルでもとったら、おそらく、こんなことは言われないだろう。また、部屋が散らかっていたことを指摘されても「オンとオフの切り替えがあるから、競技や練習での素晴らしい集中力を生んでいるのでしょう」「現代っコらしい精神が、本番でも通常通りの演技を生むのでしょう」みたいなことを言われるのだ。そんな因果関係は、個人ごと、個性ごとに違うのだ。


 そもそもオリンピックに選ばれるぐらいの選手なのだ。その辺の一般人よりも熱心に練習しているのは当然だろう。そういう連中だって部屋が汚いこともあるし、部屋が綺麗なヤツもいるだろう。そこから分かるのは、生活態度とは、むしろ無関係だってことだろ。部屋が綺麗なお前はオリンピックに出られるのか?、と。
 で、部屋が綺麗に使えなかった連中が成果を出せなかったことと、部屋が散らかっていたこととを結びつける人の分析力って何?。


 「スポーツマンとして、成績とは関係なく、生活態度もちゃんとしていなければいけない」「部屋が散らかっていたことで日本人として恥ずかしい」とか主張する方が、僕は賛同はしないけど、その人の言ってることは「その人にとっては正しい」ということは認められる(その人が恥ずかしいと思っていることは事実なんだろうから)。
 もしくは「部屋は綺麗に使って欲しいですね」と個人的な「嗜好」「趣味」を告白するのも構わないさ。
 自分の気に入らない人格態度の人間を、まあ、気に入らないって非難するのは、まあ、しょうがないとは思うが、それを意味不明の因果関係で成績と結びつけて責任を負わせるのはどうかと思う。

 別に選手がどんな態度であろうと構わないと言っているわけではない。ただ「結果」「実績」を道徳的に分析する人がいて、それを「その通りだ」と溜飲が下がった思いで受け取る人達が多くいるとしたら、それは分析力の低さの露呈なわけで、日本のスポーツも経済も強くはならないだろうし、政治も教育も良くならないだろうなぁ、と。そんなことを思った次第。

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 本サイト(まぜたま)では書かないような、頻繁な「メモ更新」「ニュースぴっくあっぷ」&読書メモ(「物語」と「一般」に分類)のblog。
 カテゴリ別で「ニュース」を見ると、なかなか読み応えがあります(僕の文章がということではなく、集まっている情報がということです)。

 「はれたま」の日常更新は読ませることを前提とせず、思いつくまま書いているので御注意ください(言い訳)。そもそも、「まぜたま」は読ませることが前提になっているのか?と言われると微妙なんだけど、更新にかけている「時間」は、かなり違います(苦笑)。

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